半船桜跡。。。
半船桜とは、料亭の名前です。川沿いに船着場があり、当時、宿屋、店なのでにぎわっていたようです。
龍馬が千丁の銃を携えて帰国した際、銃の売買をめぐって土佐藩のスタッフと話し合ったところが、料亭「半船桜」です。この2ヶ月後に龍馬は暗殺されました。
今は、繁栄の形跡もないです。その跡地が。。。なななんと。。。坂本。。。っという土地名です。
坂本前というバス停があります。この辺りは、坂本という地区名だそうです。私も坂本なんで。。。笑。なんか。。。嬉しかったです。笑。
河田小龍生誕地。。。ここの土地名も。。。昔は、浦戸町片町っと、呼ばれていたようです。昔は、船着場があり、浦戸の人がここで、物販の商売等をされていたようです。なので、浦戸町片町と呼ばれていたようです。
ちょっと、これも。。。なんか、嬉しかったです。私の先祖も船で魚を売りに行っていたとしたら、私の先祖は河田小龍さんに会った事があったでしょうか??ね〜〜〜。笑。なんて。。。事をいっぱい想像しながら。。。ルンルン。♪。笑。
ここから徒歩のとこ。。。武市半平太は、住まいをここに移り変わり、道場も建てました。今は、公園になっていました。
半船楼は、最後に土佐に帰った時に土佐藩と銃の売買について協議をしたところなんじゃ。
で、河田先生からは世界のことを教わったぜよ。
半平太の道場にはよう行ったぜよ。門柱の横にしょんべんして、半平太の女房によう怒られたちや。
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