こんにちは。坂本です。皆さんは、坂本龍馬さんの銅像を見た事ありますか?あるけど、 どういう人物か、わからない・・・。なんて、方も多々いるんでしょうね。
私たち、たくさんの本を家族全員で読みました。
龍馬さんには、会った事もないのですが、家族全員が、坂本龍馬さんの大ファンになってしまいました。
今度、高知へ来た時は、龍馬さんの愛した桂浜、そして龍馬さんの銅像を、見にきませんか?
きっと、皆さんも、大ファンになると思います。
 
 


第1部
---龍馬さんってどんな人?---


 
  皆、本読んだ?  
 


 
  読んだ〜
おもしろかった〜
 
 


 
  けんど、龍馬さんが、よばりたり(寝小便)で、
泣き虫やったとは、以外やった〜
 
 


 
  「へ〜へ〜へ〜」
・・・・・・と言いながら、机をたたく(笑)
 
 


 
  けんど、幼い頃から、海が好きで、乙女ねえちゃんと、
よく桂浜に遊びにきよったがやね〜。
 
 


 
  そうそう、乙女ねえちゃんの体重、112キロすご〜い。
けんど、馬術、水術、なかでも、剣術の達者やったらしい。ぞ〜。
あだ名は、仁王さま。やったと。
 
 


 
  仁王さま?怖い?  
 


 
  怖い。怖い。お母さんみたいな・・・・  
 


 
  ん?
龍馬さんのお母さんは、龍馬さんが、12歳で亡くなっちゅうき、
乙女ねえさんが、母親がわりになって、龍馬さんを強い人にしたがやね〜
 
 


 
  兄弟は、確か、
長男の権平(ごんぺい)さん、
長女の千鶴(ちず)さん、
次女の栄(えい)さん、 三女の乙女(おとめ)さん、
もう一人やっと生まれた、5番目に、次男の男の子、龍馬さんながやね〜。
父親の八平(はちへい)さんが、大変喜んだらしい。ね。
 
 


 
  お母さん、龍馬さんみたいな男の子産んで〜  
 


 
  は?  
 


 
  おさらい。

坂本家の本家は、才谷屋(さいたにや)という商家、高知城下でもゆびおりの金もちでした。
父親の八平さんは、郷士という身分のさむらいで、さむらいの身分としては、低いのですが、 財産もあり武芸や学問もおさめた人です。
八平さんは、もう一人の男の子がほしくて、やっと5番目に、龍馬さんが産まれました。
ところが、産声が、ほそくどこか弱よわしい子だったので、元気で強い子になってほしいと、龍馬とつけたそうです。
「乙女ねえちゃん。海の向こうには、よその国があるゆうぜよ」
っと海をみながら、育ちました。が、12歳で、母親を亡くし、いつも、びいびい泣いていたそうです。
12歳になっても、寝小便もなおらず、泣き虫だったのですが、姉の乙女さんは、ちょっと違う目で見ていました。
龍馬さんと話ていると、人のこころをやさしくするというか、気持ちがやわらかくなるというか、 太平洋な底知れない、深さが龍馬さんには、あったそうです。
 
 


---龍馬さんの少年時代---


 
  お母さん、
龍馬さんって和術(やわら)の受け身の
練習ばっかりしちゅうがやと〜。
 
 


 
  うん。
ね〜皆は、受み身より、攻撃的なわざを身につけたがるのに・・・
って書いちゅうにね〜。すご〜いね。
 
 


 
  大石進さんって方(剣術家)に出会って
江戸にも行ってみたいと思ったらしいね〜
 
 


 
  う〜ん。後、ジョン万次郎さんを、
見てさらに、思ったがやな〜い
 
 


 
  お父さん、お父さんも漁師ながやろ〜。
ほんなら、長靴じゃなくて、革のブーツはいてや〜
かっこえいで
 
 


 
  うん。
わかった、明日から、カウボーイのかっこうして
船に乗っちゃうきね〜(笑)
 
 


 
  やめてよ・・・・。
まじで・・・・。
 
 


 
  なんで・・・?  
 


 
  は?  
 


 
  おさらい。

龍馬さんのお姉さん、乙女さんは、おすもうさんのように大きい女性でしたが、身のこなし方は、軽かったようです。
剣術は、免状が取れるほどの腕前で、馬術、弓術、水術、なんでもできました。泣き虫、龍馬さんに剣術を、教えていました。
乙女さんは、龍馬さんの才能をみぬいていました。そして、龍馬さんを道場(日根野道場)に通わせました。
そしたら、龍馬さんは、攻撃的な技より、受け身ばかり身につけたそうです。
やがて、剣術も乙女さんの剣すじをみぬけるまで、腕をあげました。ある日、土佐に大石進(剣術家)さんが来ました。
すごい腕前にびっくりしたそうです。大石さんは、龍馬さんに、「江戸には、もっとすごい物が、いくらでもおります。
剣の道は、ただ修業あるのみです」と言われたそうです。
そして、1ヶ月前には、龍馬さんの家の前を、漁師があるいていました。
その漁師は、外国から、十何年かぶりに土佐にもどってきました。
テンガロハットをかぶり、革のブーツをはいています。
つまり、カウボーイのかっこうをしています。
自信にみちて、まっすぐ歩く姿に、龍馬さんは、心うたれたようです。その、男は、ジョン万次郎という男でした。
龍馬さんは、外国には、行けないけど、江戸なら行けるかも・・・・。っと思ったそうです。
そして、もっと、剣術修行をしたいと、思ったそうです。
 
 


---龍馬さんと黒船---


 
  日本に黒船?が来たらしいね〜。
そんなに怖かったろ〜か〜
 
 


 
  そらぁ〜、はじめて見る船は、怖いがやな〜い  
 


 
  お父さんみたいな船?  
 


 
  そんなバナナ。  
 


 
  もっと、大きい、今の貨物船ぐらいの船が、浦賀(神奈川県)に来たと〜。  
 


 
  お父さん、そんな船買って〜♪乗りたい〜  
 


 
  は?そんな、バ〜ナ〜ナ〜  
 


 
  イチゴがえい  
 


 
  は?  
 


 
  おさらい。

龍馬さんは、19歳の春、江戸に行きました。そして、千葉道場に1年あまりかよったそうです。
そんな、ある日、龍馬さんの人生を大きくかえる事件がおこりました。
アメリカ艦隊司令官ペリーが、軍艦4隻つれて、浦賀(神奈川県)に突然、やってきました。
人々は、大変、おびえたそうです。
江戸が、戦いにまきこまれると・・・。町人の中には、荷物をまとめて、逃げ出す人もおり、大混乱だったそうです。
江戸城の役人もどうしたらいいのかわかりません。とりあえず、海岸を守れ、という命令が、江戸幕府から、出されました。
龍馬さんも、土佐藩の武士として、品川の海岸警備をしたそうです。
龍馬さんは「わ〜、たまるか〜あれが、黒船かよ。まっこと、ごっついねや〜。」っと言ったそうです。
巨大な蒸気船で、真っ黒な船体には、大砲がいくつもそなえていたそうです。
それが、陸にむかって、黒い口を開けていました。
玉が、入っていない空砲でしたが、時々、江戸に向かって、ドドーンと、火をふきます。
たった、4隻でしたが、幕府はもちろん、日本中が、ふるえあがりました。
インドや、東南アジア、中国に続き、そして、日本もが、植民地にねらわれていました。
翌年、ペリーは、ふたたび日本にやって来て、幕府は、アメリカのおどしにまけて、日米和親条約を結びました。
その後、イギリス、ロシア、オランダとも、幕府は、条約をむすびました。日本にとって、得することはなかったそうです。
じわりっと、侵略されはじめていたのです。
龍馬さんは、「わしは、どうしたらえいがやろ〜」「どうすれば・・・」と思う反面、アメリカに対して、鉄のような、軍艦をつくり、海のむこうからやってくる。なんとも、すごい人たちでは・・・?
いったい、どんな国やろ〜?っと、感心しているとこもあったそうです。
1年あまりの江戸を、後にし、いったん、土佐にもどったそうです。
 
 


---龍さんが、竜さんに会う---


 
  龍馬さんは、確か、女のお竜さんとも出会うし、
ここで、河田小竜さんという、絵師に出会うがやね〜
 
 


 
  う〜ん。
この人で、龍馬さんのおもいが、決まるみたいやね〜
 
 


 
  えらい、竜に縁が、あるね〜  
 


 
  縁ってヒラメのエンガワの事?  
 


 
  違う、違う。(大笑い)
縁がわやない・縁なが〜
そういう、宿命?運命?みたいな?
 
 


 
  けんど、龍馬さんは、なんで、自分が、
なんとかせんといかん、と思ったがやろ〜。
別にそんなそこまで、自分が・・・って
 
 


 
  そこが、土佐の男やきよえ〜  
 


 
  お父さん、みたい〜  
 


 
  ありがとう、ありちゃん。  
 


 
  と言う事で、ここは終わり  
 


 
  おおっ?  
 


 
   
 


 
  おさらい。

土佐へもどってからも、龍馬さんは、日根野道場で、けいこにあけくれました。
そして、{小栗流和兵法十二箇条}{小栗流和兵法二十五箇条}と、つぎつぎと、免状をもらいました。
けれども、龍馬さんは、自分がこれから、どうすればいいのか、わかりませんでした。
日本の国が、ほろんでしまうかもしれません。頭の中がごちゃごちゃだったそうです。
龍馬さんは、仁井田の親戚の家によく遊びにいきました。
「おんちゃん、また、来たぜよ。また、万国地図を見せてや〜」っと、万国地図は、たたみ1枚分ほどの地図です。
左には、アメリカ大陸、右には、アジア・ヨーロッパ・ユーラシア大陸。
日本は、小さい島国です。地図を見た後、桂浜へ行き、太平洋をながめます。
「日本は、まっこと小(こ)まい。土佐は、もっと、小(こ)まい。
けんど、わしは、もっと小(こ)まい。じゃからこそ、もっと大きな、世界で生きてみたい」っと、思ったそうです。
ですが、どうしていいのかわからず、ただただ、日根野道場で、けいこするしかありません。
そんな、龍馬さんに河田小竜さん(絵師)との出会いで、大きな変わりめとなりました。
絵師といっても、大変な知識家で、外国の情報もくわしい人です。
あの、ジョン万次郎さんとも知り合いと聞き、小竜さんをたずねました。
そこで、日本と、アメリカの違いなどを、いろいろ聞きました。
ヨーロッパの国々が、インドや、アジアを殖民地している事。
イギリスの艦隊が、どれほどすごい武器をもっているかとか。
大砲をつくる、技術や、天文気象など、すぐれた科学知識をもっている事。
また、アメリカでは、将軍(大統領)を札でえらび、町民や、農民、漁民だれでも、なれる事。
龍馬さんは、びっくりしたそうです。
が、「日本もアメリカみたいにならんといかん。身分がなんじゃ〜。
武士でも、上士、下士じゃ〜いうて、まっこと、日本は、身分にこりかたまっちゅう〜」
っと、いいながら、小竜さんと話し込んだそうです。